パフォーマンス学にかけた人生

パフォーマンス学30年と150冊への歩み

年号
(年齢)
できごと 著 書
1979年
(32才)
佐藤綾子は上智大学大学院博士課程に在籍するお母さん学生でした。専攻はアメリカ演劇。
しかし、舞台上の演劇よりももっと面白いドラマが日常生活の中にあるはずだ、日本ではまだ 誰もやっていないその分野のパイオニアになろう、と日常生活の自己表現を演劇の視点で分析する 学校をせっせと探しました。
その結果、全米の大学のカタログをしらべてついに見つけました。ニューヨーク大学大学院が それまで演劇学科だったものを改称し「パフォーマンス研究学科」としたのです。
スワッと周囲の大反対を押し切って留学。2年間の単位を1年で取得。しかも成績はオールa。
日本に1人娘を残してきているためのムチャクチャな頑張りの成果でした。
 
1980年
「さあ日本初のパフォーマンス学を大学で教えたり、 本を出して世に問おう」と張り切って帰国したのはいいのですが、どこ にも就職口がない。採用側も 既存の分野のどこにパフォーマンス学をいれたらよいのかがわかなかったのです。1年間、残った 上智大の博士課程の授業を受けつつ、就職先と出版先を探して歩く日々でした。  
1981年 ついに見つかりました!
何せ無名で売れっこない、というので頭を何10回もさげてお願いして当時有名だった桐島洋子さんの推薦文 を帯にもらい、その名前があまりに大きかったので、筆者の名前が小さく見えました。
この時の出版の嬉しさと同時に味わった悔しさが、佐藤の後の執筆活動のバネになりました。しかし、 「売れっこないよ」というみんなの予想を裏切ってなんとこの本は1年間で6刷に!
翌年は、日本図書館協会選定図書にも選ばれ、佐藤のマスコミ活活動・執筆、講演などのきっかけを作ったのでした。 「売れる」
と信じていたのは、富重さんと佐藤と田舎の両親だけだったのに、、、。
81年の処女作『愛して学んで仕事して』はこうして順調なスタートをきりました。しかし、佐藤の心の中がどうだったか?
「やっぱり本当はパフォーマンス学の本を出したいなあ」そういう願望がいっぱいあったことはたしかです。しかし、 根が明るいタイプですから「とにかく多くの固定読者を確保して、それからパフォーマンス学の本を出そう」と割り切りました。
『愛して学んで仕事して』(グラフ社)
1982年 「どうせ出すなら天下に専門的評価の高い一流どころを ねらおう」と決心し、何とか知人から知人へとコネを無理やり作って 文芸春秋社を訪ね、編集者平尾隆弘さん と初めて会いました。見せる本は『愛して学んで仕事して』1冊しかありません。1週間たって読んだ平尾さん から「とにかく書いてみて下さい。ただし、パフォーマンス学でなく主婦の留学記を」との返事。
タイトルはまた自分で決めました『マンハッタン母学生』(文芸春秋社)です。
1ヶ月間、毎日机に向かって700枚の原稿を脱稿。やっと持参したら平尾さんは「主観的すぎる」と一言。また書き直して700枚、 2度目を一ヶ月後に持参、今度は『客観的すぎて面白味がない』。そこで3回目。
ついに又、750枚を書いて持っていったら平尾さんがひとこと、「よくなりました。出しましょう」。なんと後で聞くと、 「2回書き直したところでふつうの人はあきらめると思った」というわけで、佐藤のネバリ勝ち。こうして2冊目の 『マンハッタン母学生』が世に出ました。
続いて佐藤の興味は津和野出身の女優・伊沢蘭奢の一生へ。
一子をもうけながら夫のもとを飛び出して、松井須磨子につぐ新劇女優になり、40才で亡くなった彼女の情熱に、 同じ城下町・松本市の出身で一子がありあながらニューヨークまで飛び出した自分の姿が重なって、魅かれるものがあったからです。
これが小説『霧の炎 津和野』(桐原書店)となりました。売れませんでしたが、今でも好きな唯一の小説です。
『マンハッタン母学生』(文芸春秋社)

『霧の炎 津和野』(桐原書店)
1983年 やっと全部で3冊になった単行本を手に持って、佐藤が 一人訪ねたのが講談社。相手は編集部長の鈴木富夫氏でした。3冊を読み終わった鈴木部長は「女性で顔が よくて、文もうまい人は少ない。あなたは珍しい」と不思議な感想をもらして、即座に出版がokとなりました。
これで誕生したのが『自分育てのすすめ』(講談社)です。この本はいわゆる爆発的なヒットではありませんでしたが、 順調に版を重ねて5刷になりました。
「子育てだけでなく、自分育てをしよう」という佐藤の呼びかけた「自分育て」の単語はこれで流行語になり、 16年後の今も使われています。
この年の11月16日佐藤の執筆人生の一生を左右する大きな衝撃的出会いがありました。
青春出版社・小澤和一社長(故人)との出会いです。
夕方5時、一人で赤いニットスーツを着て、新宿余丁町の本社ビル3階の社長室を訪ねた佐藤のすべての本4冊をざっと 読み終わるなり、いきなり彼が言ったのです。「ウチで女性誌sayを創刊します。連載して下さい。」
月刊誌の連載とは、かけだしの物書きにとって夢のような話でした。こうして記録的長期連載『ワクワク人生 こうしてつくろう』が始まり、それは小澤社長の病気による突然死まで丸7年間、1回も欠かさず続いたのです。
この連載は、7年間sayの中で人気ナンバーワンの位置を占め続け、佐藤の固定読者がここから育ちました。
佐藤の本づくりにとって衝撃的だった「大衆とともにあれ、大衆に分かることばで書け」というアドバイスは、 極貧の中から裸一貫出版社を興した故小澤社長の実感でした。
そして、今も佐藤の本作りの法則になっています。
のちにこの連載はphp社より『すてきな自分への22章』(php)(1992年)と95年『自分を見つめ直す22章』(php) の2冊となってまとめられ『すてきな自分−』は元本が38刷10万3500部のロングセラーとなり、98年にphpより 文庫化されまだ売れ続けています。
『自分育てのすすめ』(講談社)

『すてきな自分への22章』(PHP研究所)

『自分を見つめ直す22章』(PHP研究所)
1984年 初めて翻訳に挑戦しました。アメリカのヒット作家・ジョイス・ ジルソンの本の訳で『今日のままの明日でいいの?』(青春出版社)これはあまり売れませんでした。ちょっと日本人 女性には時期尚早。 『今日のままの明日でいいの?』
1985年
1986年
いよいよ時期到来。
合計7冊の著書を出したところで小澤社長が言いました。
「今だ。パフォーマンスということばを正面からタイトルにしてパフォーマンス論そのものの本を書きなさい。 売れる売れないは二の次だ。もしもあなたが今書かないと、亜流のパフォーマンス論がどこからか飛び出すだろう。 そうなったらパフォーマンス学をライフワークにしたいというあなたは一生後悔するだろう!」
そこで出たのが『パフォーマンス人間の時代』(青春出版社)です。日常を舞台として社会学的役割を意図的に演じていこう、 という正面直球。「パフォーマンス学」の言葉を使った最初の本でした。大量の初版3万部。「急げ」という社長の特別な判断 でした。
日本の世の中に「パフォーマンス」といえば「エエカッコシイの見せかけ、ウソツキ」という意味でのこの単語が はやりつつあったのを迎え撃って社会学的な「自己表現」というパフォーマンスの単語をひろげるための挑戦でした。
この年の末、「パフォーマンス」は流行語に選ばれ、「佐藤綾子とパフォーマンス」の図式はやっと知る人ぞ知るところと なったのです。
佐藤の仕事はこのとき、玉川大学の非常勤講師から武蔵野女子大学専任講師へと移っていました。
20年の執筆の中で最大のロングセラーとなる『かしこい女はかわいく生きる』(php)の出版。
佐藤の生き方のポリシーをそのままタイトルにつけたこの本は、何と出版以来61刷16万5千部を売り、phpでも数少ない ロングベストセラーの仲間入り。98年に文庫になりました。現在でも版を重ねています。佐藤にとっては11冊目の本でした。
この年は、『誰も一人では生きてゆけない』(青春出版社)の書き下ろしを皮切りに5冊の単行本を出版。 「佐藤年間5〜7冊出版」のその後の意欲的出版のペースが始めてここで形成されました。
この年に処女作『愛して学んで仕事して』は講談社から佐藤にとって初めての文庫となり、 「文庫が出たら一人前の物書き」と言われたものです。年末には、2冊目の翻訳『賢い女の愚かな選択』(講談社)を出し、 これも6刷のヒット、のちにこの本も文庫になり、 何とskdで台本化されミュージカル「賢い女の愚かな選択」(skd,1992年)が誕生しました。初の舞台化です。
『パフォーマンス人間の時代』(青春出版社)

『かしこい女はかわいく生きる』(PHP研究所)

『誰も一人では生きてゆけない』(青春出版社)

『賢い女の愚かな選択』(講談社)

『愛して学んで仕事して』(講談社文庫)
1987年
実践女子大学助教授に就任。論文書きに追われて、さすがのブルトーザー も単行本は『自分表現の時代』(佼成出版社)1冊のみでした。 『自分表現の時代』 (佼成出版社)
1988年 前年ためたエネルギーは一気に噴出。この年は、文庫と対談集も含め 14冊の単行本を出版。その中に、のちの佐藤のビジネスマンのためのパフォーマンスの路線のもととなる『経営パフォーマンス の時代』(東洋経済新報社)ありました。
ここから、着々とビジネスマンとのお付き合いが増えていったのです。
『経営パフォーマンスの時代』 (東洋経済新報社)
1989年 急速な韓国の経済文化発展に伴い、佐藤にとって初めての韓国語版訳 が2冊『かしこい女はかわいく生きる』 (ソウルinternational publications service)『すてきな女の愛と人生の選択』 (ソウル international publications service)でました。
この年、国際的な展開を考え、佐藤は初めて株式会社国際パフォーマンス研究所を設立。スタッフ1人でしたが、 張り切っていました。
『かしこい女はかわいく生きる』 (ソウルinternational publications service)

『すてきな女の愛と人生の選択』 (ソウルinternational publications service)
1990年 青春出版の故小澤社長と佐藤は、又、面白いことをしようと企てました。
男性用の『人間どう好かれるか』(青春出版)
女性用の『愛され方の上手い女性、下手な女性』(青春出版)をそれぞれ男女別々の対象に書きわけて、両方をまったく 同じ日に並べて出版しようというのです。
4月5日、これらの本は、2冊同時に出版され、生島ヒロシ氏司会で、初のトークショーとなりました。
佐藤にとっての39冊目と40冊目でした。
『人間どう好かれるか』 (青春出版)

『愛され方の上手い女性、下手な女性』 (青春出版)
1991年 この年の単行本は2冊。
佐藤の意欲は、丸1年を集中的に使って新しいパフォーマンスの学会を作ることに集中しました。
この年、たった一人で訪問した会社は60社以上。その内、26社の協力をとりつけ、アサヒビールの樋口会長に 学会の会長になっていただくことができました。
『なぜもっと自分を愛せないのか』(PHP研究所)

「いきいき『わがまち』、みんなの手で!」(共著、ぎょうせい)
1992年 日本初の産学協同体制の「国際パフォーマンス学会」 の設立です。10月5日、設立記念記者会見とパーティを帝国ホテルで開催。壇上に居並ぶ日本の財界トップ 40名の姿の中で佐藤は感謝と嬉しさと責任感の両方をかみしめていました。 『実力経営者はどこがちがうのか−経営者とパフォーマンス』(php研究所)
1993年 「国際パフォーマンス学会」の会長は、2年目に入り、 樋口会長から山之内製薬の森岡茂夫会長へ。佐藤は理事長に就任しました。雑用が山ほどあってここまでの 12年間の平均睡眠時間は、5時間に定着しました。
しかし、あまりの過労についに4月2日、突発難聴で2週間入院。この入院のために、実践女子大学教授の辞令は 2週間遅れとなりました。
この年『自分をぶつけて生きてみよう』(三笠書房)が以後27刷を数える三笠書房のロングセラーとなりました。 佐藤にとって55冊目の本です。
タイトルも風変わりでしたから、押鐘社長に直談判したところ、社長が「このタイトルはいい」と文字どおり白紙に 太鼓判を押してファックスで返してきました。
『自分をぶつけて生きてみよう』 (三笠書房)
1994年 何とか読者とパフォーマンス学会の実践を結び付けたい。 考えた佐藤にkdd市原 博元社長が助け船を出してくれました。
大手町kddビル最上階で社会人のための本格的自己表現能力開発セミナー「佐藤綾子のパフォーマンス学講座」を開設。 2年間の通年制で、第1・第3金曜(夕方)実施ということでスタートしたこの講座は、今年で6年目に入り、 すでに880名の方が入学しました。
この年出した6冊の本の内1冊は、韓国国立産業訓練研究所から出たパフォーマンス学のテキスト 『国際化時代の自己表現学』(韓国国立産業訓練研究所)でした。
以後、韓国でのパフォーマンス学が続いていくことになります。
『国際化時代の自己表現学』 (韓国 国立産業訓練研究所)
1995年 佐藤にとって再び自分をテストする出版です。
講談社現代新書は書店に定番の箱があります。
そこに入る本は、長年各大学や社会人のテキスト的な本になるものが多い。どうしてもそこから出したい、 と考えた佐藤は、73冊目のこの本を出すためになじみの編集者に相談。
しかし、現代新書側は「書いてできあがったものを見てから」と冷たい返事。それでもめげずに、 結果的には『自分をどう表現するか――パフォーマンス学入門』(講談社現代新書)は世に出ました。 現在6刷となって全国の高校・大学でパフォーマンス学のテキストの定番となっています。 アカデミックなひとつの歴史となりました。
『自分をどう表現するか― パフォーマンス学入門』 (講談社現代新書)
1996年 この年も6冊の本がでましたが、 その内の『教師のパフォーマンス学入門』(金子書房)は初めて教員だけを対象に書いたパフォーマンス学 の本です。
この年、『自分をぶつけて生きてみよう』(taiwan 大展出版社有限公司)が台湾版に。 以後続く台湾での出版第1号です。
『教師のパフォーマンス学入門』 (金子書房)

『自分をぶつけて生きてみよう』 (taiwan 大展出版社有限公司)
1997年 この中で佐藤は、せっせと文部省通い。 62回足を運んでついに相手を説得。文部省生涯学習局のもとで、社団法人パフォーマンス教育協会を設立。
発足パーティは、センチュリーハイアット。三塚元大蔵大臣らが列席する華やかな会でした。
しかし、また雑用がふえました。
それでもめげす、この年は9冊を出版。その内の『これからの時代は女性でわかる』(php) は初のビジネスマン向けのハードカバーサイズの単行本でした。現在3刷です。
また、大和書房から出た『大人の女性になるためのeq育て』(大和書房)はeqブームでもあり、 現在も版を重ねて7刷になっています。
『これからの時代は女性でわかる』 (PHP研究所)

『大人の女性になるためのeq育て』 (大和書房)
1998年 この年に、1992年から1996年まで 丸4年間隔週で休まず続けてきた英字新聞「japan times」での連載をまとめ、初の試みとして英和対訳の 『世界に見せたい日本人』(洋版出版)
を出版。91冊目のこの本は、英語を学ぶビジネスマンや大学生のテキストとして、大学の英語入試の問題にもよく使われています。
『世界に見せたい日本人』
1999年 年明けは、1月16日自民党党大会に始まりました。。 小渕首相に招かれて自民党3600人の党大会でのゲストスピーチを務めました。99冊目は大和書房の 『とにかく、やってみよう』。書き下ろしより時間のかかった心理学カウンセラーの訳本です。
ついに、100冊目。『自分を生かす!』は『かしこい女はかわいく生きる』61刷のロングベストセラーの あるPHPからの書き下ろし。今井編集長の「売れる・売れないよりアヤコ先生の一番書きたいテーマを」 のことばをありがたくいただき、本当に長い間願い続けていた、自分の潜在能力をめいっぱい引き出して 社会の中で、人々の中で自分を生かして大きく開花していくための発想と手法を書き込ませて頂きました。
20年間、100冊、口で言うのは簡単ですが、日本で誰一人前をあるく人のいないパフォーマンス学を新しく構築し、後輩を育て、 この間過労の入院を除くと1日も休むことなく火の玉のように燃え続けてパフォーマンス学の研究と普及 の道を走りつづけています。
52才の今思うのは、支えて下さった方への「ありがとう」です。まだ道はこれからですが、 150冊、200冊、私は書き続けます。応援して下さい。
『とにかく、やってみよう』 (大和書房)

『自分を生かす!』 (PHP研究所)
2000年 この年は明けても暮れても博士論文の執筆に追われました。
1995年に博士論文の提出を最終目的に立正大学大学院に履修生として通いはじめ、5年目にしてようやく実践女子大学での講義、 執筆・講演活動の合間をぬって、書き始めました。しかし、道は平坦ではなかった。何度にも及ぶ構成し直し&書き直し。 終わってみたら、書き溜めた原稿の山が私の身長の半分ほど(70〜80cmくらい。しかも「保存が必要なもの」のみでこの高さ、 なので、実際にはこの何倍も書いた!)にもなっていました。
『ほんとうの愛と性がわかる本』 (PHP文庫)
2001年 新年早々のビックニュース! 
2000年のうちに提出していた博士論文が見事審査をとおり、博士号(パフォーマンス学・心理学)の学位をいただけること に決まりました。これまでの20年、幾度の辛いことを乗り越えながらもパフォーマンス学に自分のすべてをかけてきた成果だと思うと、 ひときわ感慨深いものがあります。もちろん、その陰では多くの方々が私を支えてくださいました。博士号を取得できることになったのも、 私一人の力ではなく、私を助けてくださる方々が大勢いらしたからです。本当にありがとうございました。 さて、博士論文のためスピードが落ちていた単行本の執筆。2001年はまたエンジンを全開にして、たくさんの本を出したいと思っています。 みなさん、応援してくださいね。
『出会う人みんなを味方にしよう!−−やさしい人づきあい50章』(日本教文社)

『今日を思いっきり』(三笠書房)

『「新しい自分」を始めよう』(大和書房)
2002年 この1年は1月の土地購入から始まり、かねてからの自社ビル”優&愛”の設計・建築 に追われました。毎週金曜日の午前中の建築会議で多くの建築の勉強をしたのは収穫です。工事関係に追われた異色の1年となりました。小ビルですが、地域の人が気楽に集えるように意匠をこらして作っていったので、執筆の方は4冊(プラス文庫2冊)の書下ろしとなりました。 『他人の10倍に人に好かれる自己表現法』(PHP研究所)

『kiss book』(主婦の友社)

『引っ込み思案な自分をラクにする本』(大和書房)』

『幸せになりたい人この指とまれ』(スターツ出版)
2003年 新オフィスビル”優&愛”が完成し、自宅・オフィスとも6月に移転で”寝る時間も無い!”毎日。昨年以上に執筆、マスコミ活動の時間をうばわれ、単行本は3冊(プラス文庫1冊)。 5年がかりで仕上げた博士論文「人間関係づくりの非言語的パフォーマンスフォ-マンス」が実践女子大学の研究助成金を得て、叢 書として単行本の形になりました。東信堂の『非言語的パフォーマンス―人間をつくる表情・しぐさ』はこの内容を一般人に分りやすく書き改めたもので、専門書として今後多くの研究者や一般人のお役に立つに違いありません。 『きらいな自分 なりたい自分―自分らしさをつえよう』(実業之日本社)

『「言いたいこと」が言えない人たちへ―もっとラクにスンナリ自己主張しよう』(PHP研究所)

『非言語的パフォーマンス―人間をつくる表情・しぐさ』(東信堂)

『自分を大好きになる55のヒント』(PHP文庫)
2004年  昨年の新ビル完成につぐ2004年の大きな変化は「日本大学への移籍」です。18年間慣れ親しんだ実践女子大学から、いよいよは自分の専門性が最も活かせる「日本大学芸術学部研究所教授」として日芸の演劇学科大学院を担当することになりました。「パフォーマンス学」専攻の大学院生に修士号や博士号を取得してもらうこと。これは私が2000年に自分の博士論文を書き始めた時からの大きな大きな夢でした。万歳!感謝します。
第2は現代の危うさの中で青少年教育におけるパフォーマンス学の重要性を具体的に著書やワークショップの形で実現し始めました。「キレない心を育てる」(講談社)がその特徴です。
『五十歳からの生き方で大切なこと』(海竜社)

『はじまりの家-悲しむのに時があり、笑うのに時がある』(NTT出版)

『バイブルに見ビジネスの黄金律』(いのちのことば社)

『キレない心を育てる‐親と子の自己表現37のコツ』(講談社)

『元気心理学‐仕事も恋もうまくいくステキな習慣』(PHP研究所)
2005年

「日大の新参教授」の2年目に対する同僚教授たちのなんと温かく協力的なことでしょうか。「休講ゼロでいくわよ!」と宣言してしまったために卒論、修士、博士の論文指導に追われながらも元気にキャンパスを走り回っているうちに、過労で2日間だけ入院。それでも「ホンモノと30年ぶりのスキーがしたい!」と思い立ち、3月に三浦敬三先生の札幌手稲にあるスキー場に2回週末通い、三浦先生のご指導を受けました。8月はウィーンに飛び、本場ウィーンフィルのオペラでモーツァルトを堪能。…仕事が多すぎる中で走りまわるので、12月24日なんと年甲斐もないバレーレッスンで股関節捻挫をして手こずりました。国際パフォーマンス学会は昨年の日野原先生につづいて本年のベストパフォーマー賞は瀬戸内寂聴先生でした。

『上手な怒り方‐がまんしてたらソンばかり』(PHP研究所)

『きっと相手の心がつかめる自己表現法‐人に好かれる話し方・表情しぐさ47の法則』(PHP文庫)

『今泣いたカラスはもう笑え!‐今の時代は涙が効くよ』(ロコモーションパブリッシング)

『パーフェクトペアレント』(講談社)
2006年

初のパフォーマンス学会地方大会を広島で開催。委員の先生方がよくがんばりました。ベストパフォーマンスー賞はヤンキー先生として有名な義家弘介さん。9月から念願の思いやりの本を書く作業を開始しました。また、博士号をとる高校教師のt先生が必死で書くのを見て、初の博士号を出す私も力が入りまくり、彼の発表前後は指導教授の私も胃痛に悩まされ、それでも年末にはゴールイン。

『なぜ、あの人の言い分だけ通るのか?』(C&R研究所)

『60秒で魅せる自己表現』(秀和システム)

『目つき・顔つき・態度を学べ!!」(D21)
2007年

見事に指導したt氏は博士号を取得。ほっとしました。8月にホノルル、9月に上海での講演と、クリスチャンとしての活動も忙しい夏。

今年のベストパフォーマー賞は、宮崎県知事の東国原英夫さんと映画監督の花堂純次さんです。

社会人のセミナー「佐藤綾子のパフォーマンス学講座®」も今年で14年目をむかえました。ただいま大きな改革をめざして、何度も改革試案を作成中。いよいよ初級、上級それぞれ半年で学び、その上にインストラクターコースを開設した新しい講座スタイルができつつあります。新宿とともに桜上水の「優&愛」もいよいよ2008年4月から教室として稼動を開始します。

『思いやりの日本人』(講談社現代新書)

『ミリオネーゼ できる女性の自分の見せ方』(d21)

『人は7秒であなたを読む!』(東邦出版)
2008年

2008年パフォーマンス学にかけた感謝の快走人生

 

2008年はとてもクリエイティブな年。人生で今が一番クリエイティビティと心のパワーが全開。エネルギーに満ちてパフォーマンス学街道を突っ走っています。

今年は5冊の単行本を刊行します。

この春に2冊、長年のパフォーマンス心理学の結晶を刊行しました。

@『願いがかなう8つの習慣』(ダイヤモンド社)

A『ひとり上手は100人上手!』(主婦の友社)

そして8月になると、夏本番の中で3冊が羽ばたきます。

B『日経woman 元気のバイブル』(日経ビジネス人文庫)

C『かしこい女は、かわいく生きる。』(PHP研究所)読者待望の復刻版です。もとは1986年でしたから22年間を生き抜いて「時の試練」を経ました。本体で23万部のロングセラー、ここ数年は絶版になっていましたが復活です!

D『尊敬(タイトル未定)』(中経出版)

素敵な学生たちとの日大の授業を満喫し、彼らから多くのことを学びながら今さらに新しい2冊を執筆中です。

そして2009年には、私のパフォーマンス学ニューヨーク大学大学院の留学から30周年をむかえます。感謝のパーティを2月に予定していますので、どうかお顔をみせてください。

『願いがかなう8つの習慣』(ダイヤモンド社)

『ひとり上手は100人上手!』(主婦の友社)

『日経woman 元気のバイブル』(日経ビジネス人文庫)

『なぜあの人は尊敬されるのか』(中経出版)

『新版 かしこい女は、かわいく生きる。』(PHP研究所)

『B型 そばでトクする32の理由』(春日出版)
2009年 2月10日の「佐藤綾子パフォーマンス学30周年・単行本152冊祝賀会」に向けて、新年もその準備であけました。でも、お正月の2日から2泊でソウルへ。オンヌリ教会でスピーチをしてきました。
1月21日の夜はオバマ大統領の就任によって、私も夜中から就任演説に釘付け。3つのテレビで演説分析を行なうなど大忙しでした。
そして、いよいよ2月10日の「佐藤綾子パフォーマンス学30周年・単行本152冊祝賀会」の日になりました。会場はニューオータニです。朝からみんなでリハーサル。誰が大変って、生まれて初めてダンスというものを踊ったTA(SPISのティーチング・アシスタント)代表のYさんのワルツは“大挑戦”に値しました。私も、人生初のタンゴに挑戦!でも、ダンスは大学4年間やっていましたから、まあまあの挑戦です。お土産は最新刊の『一瞬の表情で人を見抜く法』(PHP研究所)でした。
3月と4月は大学教師にとって本物の「師走」です。多忙なうえにSPISも大改革中。4月から新しい生徒の皆さんに会えるのがとても楽しみです。
『一瞬の表情で人を見抜く法』(PHP研究所)

『患者さんとスタッフの心をつかむデンタルパフォーマンス』(クインテッセンス出版)